コラム

私立の教科書:御三家

 前章で、教科書というもの、そういった角度で、私見を述べてきました。クラウンやニューホライズンと言った、聞きなれた、見慣れた、中学の教科書の代名詞的存在の本を、けなしてきましたが、それでは、私立で用いられている、非検定教科書なるテキストの御三家、プログレス、トレジャー、バードランドをこれから俎上に挙げたいと思います。 
 一番歴史の古い、私立向けテキストであるプログレスなるものがあります。大方の私立の進学校出身の親御さんなら、当然熟知している代物です。教育ママ、とりわけ英語教育にうるさい父兄なんぞは、このプログレスを採用しているか否かを、私立の中高一貫校を受験する際の、学校選択の大きい目安にしているという風評まであります。これは、今から50年近くも昔、イエズス会の神父フリン氏によって書かれたものです。今では、内容や表現など、時代に不適応との指摘か、プログレス21なる、麻布・栄光・聖心といった超進学校の教師たちによって10年以上前に別バージョンが出されましたが、私に言わせると、船頭多くして…とやらではないですが、全体の文法解説に一貫性が薄らいだように見えます。内容や表現が古くても、従来のプログレスの方が、総合点では勝っているというのが、私の感想です。
 私が塾を始めて数年後だったと思います。私の塾の教え子で、ちょうど、フェリス、横浜雙葉、そして、逗子開成の3校でプログレスを使用していた頃のことでもあります。確か、みな中学3年生だったと思います。進度が一番早かった学校は、逗子開成で、次が、横浜雙葉、そして、一番遅かったのがフェリスでありました。英語は、フェリスは中学では、他校に比べ、のんびり、いやしっかり丁寧モードになっていたのかもしれません。逗子開成がめちゃくちゃ速く、「こんなに速く進んじゃって、ついていけるの?理解できているの?」と質問したところ、「次のページを開いて、このボックの例文わかるよね?下の説明詳しく書いてあるしね。それじゃあ、次のぺージのエクセサイズをやってみよう」「先生、こんなんだ、テキストをただ雑な解説でどんどん進めてゆくだけで、理解半分、消化不良で先に進んでゆくんだ」その当時、逗子開成の生徒募集の客寄せパンダ的教材で、プログレスを採用し、おそらく、現場の英語教師も、プログレスという高度な教材と担当する生徒の能力など考慮せず、授業展開していたと想像できます。実は、この当時の逗子開成の英語の授業スタイル、即ち、身の丈に合っていないテキストを、ちょうどそのブランド価値も認識していない母親が、我が子に高級な服を着せているように、押し付けていた授業スタイル、これを行っている私立の中高一貫校がなんと多いことでしょうか!横に逸れますが、『ターゲット単語集1900』(旺文社)を高校1年から生徒に暗記させている高校がどれほど多いか、麻布開成桜蔭で地頭のそこそこある生徒ならまだしも、中学入試の偏差値が50~60近辺の学校の生徒にそれを強要する愚かさよ!その当時の逗子開成の英語科の担当責任者の無知蒙昧さ、同質のものです。私の塾のある蒔田という街にある中高一貫の女子校も同類です。その学校に入ってくる女子生徒の能力なんぞ、決して筋の悪い生徒たちではありません。それなのに、6年間、いや、最初の3年間で、いかにその英語の素地を、資質を腐らせてしまっているか、学校の運営者たちは、現場、いや、生徒と英語、生徒とテキスト、その関係性を把握していないとしか考えられないのです。学校関係者は、ネイティブ並み、帰国子女的、使える英語優先の教師を採用して、“みなさん、彼女たちについていきないさい”的方針で、英語教育を運営しているとしか思われません。<学校英語>の何たるや、<受験英語>とは現況いかにあるのか、そうした学習英語で花開く教育課程を、洋蘭やカーネーションのような花栽培の方式で、キャベツやホウレン草を育てようとしている愚策、その付けが回って、今や、青山学院の系列校として、飲み込まれた現実が証明されているとさえ言えましょう。話は逸れてしまったようです。
 プログレスという教材の編者、フリン氏のコンセプト、理念と言ってもいい、これを根本的に理解していない教師、また、その学校の英語科主任は、採用を失敗します。名著を用いても、生徒は実力がつかないのです。恐らく、その学校の英語科の主任、即ちプログレス採用の責任者が教えているクラスは、伸びるでしょう。「ええ?プログレスをやるの?しょうがない、使うとするか」こうしたメンタル、プログレスの理念を全く理解できていない下っ端教師、たた“学校がプログレスを採用したからしょうがなく使ってるんだ”くらいの気持ちで生徒に向き合っている教師に教わっているクラスはたまったものではありません、いい迷惑な話です。実は、私立の中高一貫校で英語が得意にならない元凶は、ここにあると言っても言い過ぎではないと思います。
 先ほど、逗子開成、横浜雙葉、そしてフェリス、この速さの順序でプログレスを進めていると言いましたが、逗子開成がプログレスのBOOK3の後半の頃、横浜雙葉は、BOOK3の前半、フェリスに至ってはBOOK2の後半、これほど進度に開きがあるものの、実は、フェリスが中学時代、数学の進度が一番速いのです。栄光や聖光並みに数学重視校でもある点を付け加えておきます。神奈川県の私立の女子校で、真の{塾・予備校の世話にあまり頼らずという意味である}理系教育をしているのは、フェリスだけでしょう。横浜雙葉にしろ、横浜共立にしろ、高校で理系コースがあっても名ばかり理系コースというのが、私の教え子からの内情で熟知しているからそう断言できるのです。そのフェリスの中学から数学、理系重視のカリキュラムが、高校生になったとき、英語は少しばかり進度が遅くても、その理系の鍛え上げられた数学的資質が英語に能力開花の援護射撃をすることになるのです。因みに、10年以上前だったでしょうか、数学オリンピックで、灘や開成の男子生徒を抜きさり、高校生女子で初めて金メダルを数個獲得した少女がフェリスの高校生であったと記憶している親御さんもいるかもしれません。これなんぞも、理系のフェリスの面目躍如にほかなりません。
 プログレスに話を戻しましょう。20年以上も前のことだったでしょうか、ある雑誌で、学校の英語の教科書{文科省の非検定教科書も含む}で一番、優れているもの、レベルも高いことを考慮してですが、それはプログレスを挙げていた、ある開成の英語教師が印象深く記憶に残っています。それから10年後、プログレスの全面改訂版、プログレス21なるテキストが出されました。実は、私は、先ほども述べましたが、文法等、解説の一貫性や項目の配置、いろいろな面で不満があり、まるで共通一次を、より質の悪いセンター試験へと変換してしまった観と譬えてもいい変貌ぶりであったという印象をうけました。ちょうど、これと機を同じくするかのように、増進会{Z会}から、プログレスに対抗する、名テキスト、トレジャーなるものが出現しました。この登場で、恐らく、プログレスのテキスト市場の半数は食われたと考えられます。横浜雙葉のようにかたくなにプログレスを採用している女子校もありますが、それは、カトリック系の学校を想像すれば、納得できます{※田園調布雙葉は今ではとっくにニュートレジャーです}。しかし、横浜共立は、プロテスタント系でもあるのでしょう、今や、高校2年になるまでガチガチのトレジャー採用校となっています。近年、横浜雙葉と横浜共立の早慶上智の合格者数の逆転現象は、このプログレス21とニュー・トレジャーの採用が大きな“合格実績の勝敗”の大きな要因の一つであるのは確かです。
 さて、このニュー・トレジャーなる教材ですが、さずが、私立の中高一貫校にターゲットを絞り、ミッション系などかかわりなく、広く大学受験、ある意味で、プログレス以上に、受験英語を視野に入れた編集になっているのが、プログレスとの決定的な違いです。
 Z会の中高一貫向けテキスト、ニュー・トレジャー以外にも高校生対象の学校副教材で桐原書店などに追い上げれれている営業路線、これは、Z会の通信添削が先細りのための、市販の参考書などへの方向転換の表れの一つでもありましょう。(つづく)

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