コラム
人間の歴史学~人生を分子に歴史を分母に観る眼~
「音楽の形式や作曲法が変わっても、作曲家は自らの信念に譲歩する必要はない」~ハリウッド史上最も重要な作曲家の一人、コルンゴルド~
こうした信念を忘れると、自らの仕事は、無機質で、つまらなく、不毛なるものへ変貌する。
前回にも言及した、リスキリングなるものを前にして、心得ておくべき教訓なるものを言い当てている名言です。今回は、人間の歴史学なる観点で語ってみたいと思います、歴史の人間学ではありません。歴史の人間学とは、山ほど書店の棚に並んでいます。
生老病死~仏教~
青春・朱夏・白秋・玄冬~儒教『礼記』~
不思議と人間の一生は、四期、四季に喩えるものが多い。
「人生には、上り坂あり、下り坂あり、そして、“まさか”という坂まである」(初代林家三平か)
歴史の人間学とは、人生の危機的状況、分岐点、壁なるものに遭遇した時、歴史、日本史でも世界史でも、歴史小説、歴史マンガでも構いません、それを、その時代を自身の人生に準えて、自身の指針とするものです。この見方は、個から全体、個から個へと、一種、自己の師、自分の先生を、それぞれの時代に見出す試みであります。今回、私が言いたいのは、全体から個、ある歴史の期間を自らの一生に準える心得であります。
前回にも少々言及しましたが、人生は、80年{※現代は平均寿命が100年になるとも言われ始めています}と大まか括れるかと存じます。健康寿命の観点です。その80年を、戦後80年に喩えてみる試み、それが、人間の歴史学でもあります。この文脈でいえば、断捨離、過去に拘泥しない未来志向、読み終えた本はすぐ手放す、モノを使い捨てする、こうした流儀は、この人間の歴史学の敵でもあります。この観点から、五木寛之などは、“回想のすすめ”や“捨てない生きかた”など、私の人生の流儀と同じ考えの、そうした題名の書を多数出してもいます。更にも申せば、人間の歴史学の最大の敵は、認知症であり、痴呆症でもあり、アルツハイマー病なのです。その最良の友は、“失われた時を求めて”という冷静客観的、幼年期時代にまで、見通せる、澄んだ精神、透徹した眼とも申せましょうか。以前、テレビで流れていた、ある車のコマーシャルのコピーではありませんが、「モノより、思い出!」という子育ての考え方にも該当しましょう。
昨今では、言い古された言い回しですが、戦後日本は、高度成長までが10代の青春時代(青春)、そこからその成長が止まりバブル期までが、20~30代(朱夏)とも言えましょう。そして、バブル期以降が、男子厄年以降の40代~50代(白秋)とも言い得ましょうか。そして、1990年以降が、人生の後半生、いわゆる、失われた30年ともいい、ほぼ平成期全般とダブる時期(玄冬)でもあるのです。
世に、何々世代という言い方があります。Z世代、さとり世代、ゆとり世代、新人類など、とみに有名ですが、実は、こうしたキャラ付け世代とは、そうした時代の地層、地質から生まれた、植物、いや種族でもあることは、事実であります。
先日、寺島実郎氏が、ある番組で紹介していた『無敵化する若者たち』(金間大介)という最近出た、興味深い本ですが、彼は、以下のようにコメントしていました。そのツボです。
現代の若者の六割は、“がんばるくらいならこのまま衰退していっていい”と思っている、がんばるくらいならこのまま埋没していっていいと考えている。“仕事にも出世にも興味がない”、好きなことで生きていたいと考える若者なのです。一定の豊かさを与件として育った、こうした人々が右肩下がりの時代日本と並走してきたという現実があります。1967年にベストセラーとなった五木寛之の『青年は荒野をめざす』など、彼らには不明の世界なのです。令和の若者に、“荒野をめざせ”などと言ったら爆笑ものになる、そうした時代が現在の日本の姿なんです。
こうした気質の若者だらけの世が、平成後の令和という日本で現出したのは、理のあることなのです。経済の低迷、デジタル化の出遅れ、それがもとでの日本経済だけでなく混迷は、こうした少子化の母集団のキャラがそうさせてもいるのです。企業や社会、ましてや、国家には原因はないのです。時代による責任なのです。極端な喩えになりますが、令和日本の若者の気質は、平安時代末期の貴族とも申せましょうか?安定志向、公務員志向、資格時代、こうした風潮は、内向き貴族で、武士の台頭で埋没してゆきかねません。内向き志向(京都に住んでいるのが一番)の激増、留学志望者(遣唐使なんてまっぴら御免)の激減にも言い得ましょう。最近、このコラムでも指摘したように、昭和から平成初期までは、早稲田の学生は武士的気質、慶應の学生は貴族的キャラでもあったイメージが、平成後半から令和にかけて、早稲田が保守的な貴族、慶應が革新的な武士、そういった大学のイメージへと変貌してきているというのが、私の私見です。
では、本題へと戻るとしましょう。今、お子さんをお持ちの50代以上は、だいたいは、1960年代から70年代半ば生まれでありましょう。高度経済成長が、石油ショックなどで終わり、経済安定期に生まれ、小学校時代がバブルでもあった世代だろうと推察されます。学生時代は、ガラケーで、社会人となり、オフィスにパソコンが当たり前となり、家庭をもったあたりから、スマホの世のとなったと思われます。20代、30代、40代とアナログからデジタルへ激変の30年を過ごされてもきたわけです。これも、中世から近世への過渡期、信長期(天下布武)、秀吉期(天下統一)、家康期(天下泰平)とも自身の後半生を概観もできる、その時代時代を、上司である戦国の三傑にうまく適応できてきた者だけが、江戸時代の、大名として生き残れたのは、前田利家の一生を見つめれば得心するはずです。なかなか、彼のように三大英傑に仕えて、生きながらえない、文化人利休しかり、織部しかりであります。伊達政宗などは、秀吉から三代家光までうまく世渡りしました。伊達騒動を乗り越え、幕末まで仙台藩は続きます。
自己の人生も、そうなのです、たかだか80年の歴史とは、自身の人生を、ある歴史軸で切り取り、どう俯瞰し、どの立ち位置にいて、どう人生街道を進むべきか、日々問うてみることなのです。人生に断絶、自身のキャリアに断層を作るべきか否かという問いかけであります。今、50代以上の社会人は、アナログからデジタルへの激変の大波に浮荒れて、方向性を模索しあぐねているというのが、正直な心情でもあろうかと存じます。
従来の、生き方、いや、生活の手法、生きる糧のスキル、こういったものが、ある意味、壁にぶち当たってもいるから、自身に嘘をつくではありませんが、嫌で、気が向かない、ストレスすら溜まる社会人としてのデジタル化に無理やりする、せざるを得ない中年族にいいたいのであります。料理人や個人商店主などは、定年はありません。会社員は、65歳あたりで、仕事の180度転換の別世界に入っても行く経験をするのです。まるで、小学生時代は、愛くるしいパパっ子だった娘が、思春期に入る中高生になると、嫌われるような運命に遭遇する体験とも似ているでしょうか?そうならないご家族は、恵まれていることを達観することです。家族が生き甲斐で、子供たちと小学校くらいまで、一家で、旅行やレジャーを楽しんでもいた父親が、子供たちが中高生以上になると、「家の中 温かいのは 便座だけ」などサラリーマン川柳のような運命が待ち構えてもいましょう。しかし、60代までは仕事で、その憂さを晴らしてもいましたが、退職後は、そのプチ生き甲斐も消滅します。60代から、第二の人生ともいっていい人生行路は、鎌倉時代になり、貴族の荘園は、絶滅、鎌倉政権による守護・地頭の台頭で、あわれな身分になるのと、働く父親の境遇はダブってもきます。これなども、一個人、一時代における“まさか”でもありましょう。ここで、組織(会社や家庭)の歯車、時代の歯車であったことから生じる疎外感というものであります。時代の、人生の、連綿性、連続性、これといったものを、デジタルへの親和性が薄ければ薄いほど、その疎外感を増長させかねない時代です。まるで、江戸時代の慣習・習慣から脱皮しきれない、明治初期の武士の精神など、その典型でありましょうか。
最近面白い本が出ました。スマホを持たず,紙でしか本が読めない芥川賞作家諏訪哲史の『昭和の少年』というものです。これを捩って、“吾は昭和の子なりけり!”です。ツールやスキルは、衣服のように、着替えることができても、外見や気質は、自己の、それこそアイデンティティということを忘れてはいけないのです。これぞ、作曲家コルンゴルドの真意なのです。
こうした信念を忘れると、自らの仕事は、無機質で、つまらなく、不毛なるものへ変貌する。
前回にも言及した、リスキリングなるものを前にして、心得ておくべき教訓なるものを言い当てている名言です。今回は、人間の歴史学なる観点で語ってみたいと思います、歴史の人間学ではありません。歴史の人間学とは、山ほど書店の棚に並んでいます。
生老病死~仏教~
青春・朱夏・白秋・玄冬~儒教『礼記』~
不思議と人間の一生は、四期、四季に喩えるものが多い。
「人生には、上り坂あり、下り坂あり、そして、“まさか”という坂まである」(初代林家三平か)
歴史の人間学とは、人生の危機的状況、分岐点、壁なるものに遭遇した時、歴史、日本史でも世界史でも、歴史小説、歴史マンガでも構いません、それを、その時代を自身の人生に準えて、自身の指針とするものです。この見方は、個から全体、個から個へと、一種、自己の師、自分の先生を、それぞれの時代に見出す試みであります。今回、私が言いたいのは、全体から個、ある歴史の期間を自らの一生に準える心得であります。
前回にも少々言及しましたが、人生は、80年{※現代は平均寿命が100年になるとも言われ始めています}と大まか括れるかと存じます。健康寿命の観点です。その80年を、戦後80年に喩えてみる試み、それが、人間の歴史学でもあります。この文脈でいえば、断捨離、過去に拘泥しない未来志向、読み終えた本はすぐ手放す、モノを使い捨てする、こうした流儀は、この人間の歴史学の敵でもあります。この観点から、五木寛之などは、“回想のすすめ”や“捨てない生きかた”など、私の人生の流儀と同じ考えの、そうした題名の書を多数出してもいます。更にも申せば、人間の歴史学の最大の敵は、認知症であり、痴呆症でもあり、アルツハイマー病なのです。その最良の友は、“失われた時を求めて”という冷静客観的、幼年期時代にまで、見通せる、澄んだ精神、透徹した眼とも申せましょうか。以前、テレビで流れていた、ある車のコマーシャルのコピーではありませんが、「モノより、思い出!」という子育ての考え方にも該当しましょう。
昨今では、言い古された言い回しですが、戦後日本は、高度成長までが10代の青春時代(青春)、そこからその成長が止まりバブル期までが、20~30代(朱夏)とも言えましょう。そして、バブル期以降が、男子厄年以降の40代~50代(白秋)とも言い得ましょうか。そして、1990年以降が、人生の後半生、いわゆる、失われた30年ともいい、ほぼ平成期全般とダブる時期(玄冬)でもあるのです。
世に、何々世代という言い方があります。Z世代、さとり世代、ゆとり世代、新人類など、とみに有名ですが、実は、こうしたキャラ付け世代とは、そうした時代の地層、地質から生まれた、植物、いや種族でもあることは、事実であります。
先日、寺島実郎氏が、ある番組で紹介していた『無敵化する若者たち』(金間大介)という最近出た、興味深い本ですが、彼は、以下のようにコメントしていました。そのツボです。
現代の若者の六割は、“がんばるくらいならこのまま衰退していっていい”と思っている、がんばるくらいならこのまま埋没していっていいと考えている。“仕事にも出世にも興味がない”、好きなことで生きていたいと考える若者なのです。一定の豊かさを与件として育った、こうした人々が右肩下がりの時代日本と並走してきたという現実があります。1967年にベストセラーとなった五木寛之の『青年は荒野をめざす』など、彼らには不明の世界なのです。令和の若者に、“荒野をめざせ”などと言ったら爆笑ものになる、そうした時代が現在の日本の姿なんです。
こうした気質の若者だらけの世が、平成後の令和という日本で現出したのは、理のあることなのです。経済の低迷、デジタル化の出遅れ、それがもとでの日本経済だけでなく混迷は、こうした少子化の母集団のキャラがそうさせてもいるのです。企業や社会、ましてや、国家には原因はないのです。時代による責任なのです。極端な喩えになりますが、令和日本の若者の気質は、平安時代末期の貴族とも申せましょうか?安定志向、公務員志向、資格時代、こうした風潮は、内向き貴族で、武士の台頭で埋没してゆきかねません。内向き志向(京都に住んでいるのが一番)の激増、留学志望者(遣唐使なんてまっぴら御免)の激減にも言い得ましょう。最近、このコラムでも指摘したように、昭和から平成初期までは、早稲田の学生は武士的気質、慶應の学生は貴族的キャラでもあったイメージが、平成後半から令和にかけて、早稲田が保守的な貴族、慶應が革新的な武士、そういった大学のイメージへと変貌してきているというのが、私の私見です。
では、本題へと戻るとしましょう。今、お子さんをお持ちの50代以上は、だいたいは、1960年代から70年代半ば生まれでありましょう。高度経済成長が、石油ショックなどで終わり、経済安定期に生まれ、小学校時代がバブルでもあった世代だろうと推察されます。学生時代は、ガラケーで、社会人となり、オフィスにパソコンが当たり前となり、家庭をもったあたりから、スマホの世のとなったと思われます。20代、30代、40代とアナログからデジタルへ激変の30年を過ごされてもきたわけです。これも、中世から近世への過渡期、信長期(天下布武)、秀吉期(天下統一)、家康期(天下泰平)とも自身の後半生を概観もできる、その時代時代を、上司である戦国の三傑にうまく適応できてきた者だけが、江戸時代の、大名として生き残れたのは、前田利家の一生を見つめれば得心するはずです。なかなか、彼のように三大英傑に仕えて、生きながらえない、文化人利休しかり、織部しかりであります。伊達政宗などは、秀吉から三代家光までうまく世渡りしました。伊達騒動を乗り越え、幕末まで仙台藩は続きます。
自己の人生も、そうなのです、たかだか80年の歴史とは、自身の人生を、ある歴史軸で切り取り、どう俯瞰し、どの立ち位置にいて、どう人生街道を進むべきか、日々問うてみることなのです。人生に断絶、自身のキャリアに断層を作るべきか否かという問いかけであります。今、50代以上の社会人は、アナログからデジタルへの激変の大波に浮荒れて、方向性を模索しあぐねているというのが、正直な心情でもあろうかと存じます。
従来の、生き方、いや、生活の手法、生きる糧のスキル、こういったものが、ある意味、壁にぶち当たってもいるから、自身に嘘をつくではありませんが、嫌で、気が向かない、ストレスすら溜まる社会人としてのデジタル化に無理やりする、せざるを得ない中年族にいいたいのであります。料理人や個人商店主などは、定年はありません。会社員は、65歳あたりで、仕事の180度転換の別世界に入っても行く経験をするのです。まるで、小学生時代は、愛くるしいパパっ子だった娘が、思春期に入る中高生になると、嫌われるような運命に遭遇する体験とも似ているでしょうか?そうならないご家族は、恵まれていることを達観することです。家族が生き甲斐で、子供たちと小学校くらいまで、一家で、旅行やレジャーを楽しんでもいた父親が、子供たちが中高生以上になると、「家の中 温かいのは 便座だけ」などサラリーマン川柳のような運命が待ち構えてもいましょう。しかし、60代までは仕事で、その憂さを晴らしてもいましたが、退職後は、そのプチ生き甲斐も消滅します。60代から、第二の人生ともいっていい人生行路は、鎌倉時代になり、貴族の荘園は、絶滅、鎌倉政権による守護・地頭の台頭で、あわれな身分になるのと、働く父親の境遇はダブってもきます。これなども、一個人、一時代における“まさか”でもありましょう。ここで、組織(会社や家庭)の歯車、時代の歯車であったことから生じる疎外感というものであります。時代の、人生の、連綿性、連続性、これといったものを、デジタルへの親和性が薄ければ薄いほど、その疎外感を増長させかねない時代です。まるで、江戸時代の慣習・習慣から脱皮しきれない、明治初期の武士の精神など、その典型でありましょうか。
最近面白い本が出ました。スマホを持たず,紙でしか本が読めない芥川賞作家諏訪哲史の『昭和の少年』というものです。これを捩って、“吾は昭和の子なりけり!”です。ツールやスキルは、衣服のように、着替えることができても、外見や気質は、自己の、それこそアイデンティティということを忘れてはいけないのです。これぞ、作曲家コルンゴルドの真意なのです。