コラム
欲から入って欲から出でよ①
かつて朝の「特ダネ!」という番組で小倉智明が、矢沢永吉とのテレビ対談の中で、次のようなことを語っていたのが印象的であった。
「矢沢さん、矢沢さんはビートルズに憧れて、“矢沢永吉”になってしまいましたよね!」
矢沢永吉は、自身の名前を少年時代に、とても嫌だったそうだ。
「永吉だよ、親が、永く吉でありますようにか、なんだか知らねけどさ、古めかしくて、ジジイ臭くて、本来なら、タカユキとかヒロユキとか、響きがカッコいい名前ってあるじゃん?そういう名前に憧れたものよ。」
この様に笑いながら述懐してもいる矢沢永吉という名前は、今では、超カリスマの、ブランド名として輝きを増し続けてもいる。皮肉なものである。
これって前回のWBCの、アメリカとの決勝戦を前にした、大谷翔平がロッカールームで、発破をかけて宣言していた言葉を彷彿とさせる。
「憧れるのは、やめましょう」
とも、一脈も二脈も通じる、夢、目標、目的へと突き進む者の、教訓ともいいえる真実が内包されてもいる。
こうした、文脈で、名将野村克也の名言として、次の様な言葉にも集約されるやに思える。
「欲から入って欲から出でよ」
有名人、名選手、名歌手、名役者、これらに言い得ることは、まず、少年・青年にとってのスタート時点の、必須のエネルギー源“我欲”というものが存在する。これが荒々しいロイター版となり、自身を飛躍させもする。また、その雑草的バイタリティがなければ、その道での大成はない。しかし、これにいつまでも、執着する、拘泥するは、自身の次の段階のスキルや技の足かせにもなるという謂いであり、上達はないという意味で、有名な“心技体”を目指す領域に入れということを意味する。これも、野村の名言なのだが、「人間的な成長なくして、技術の進歩なし」の文脈上にある。私的な自己から公的な自己への脱皮、覚醒でもあり、周囲の存在、スタッフやチームメイト、関係者やファンへの想いといったものが、一次元の自己から二次元の、三次元の自己へと雄飛させもする。これが、“欲から入って欲から出でよ”の真意でもある。大谷翔平のエンジェルス時代から今のドジャース時代、それが“鑑”とも言える姿でもあろうか?
武蔵と小次郎の、決定的な差とは、実は、欲から出たか、欲に留まったか、その精神の差であったと私は観る。力の剣と心の剣との差でもある。美空ひばりのレコード大賞曲『柔』の歌詞ではないが、「勝つと思うな、思えば負けよ~♪」、巌流島の勝敗は、ここに存する。
この三月は卒業の時期であり、来月四月は入学・入社の月でもあろう。そこで、この矢沢永吉と大谷翔平に共通する、“欲から入って欲から出でよ”という言葉を新大学生、新社会人に贈りたいと思う。
東大、早稲田に入学する、名門企業ソニーやホンダなどに入社する、こうしたフレッシュマンに対して、この“欲から入って欲から出でよ”とは、どういう意義を持つものなのか、次回語ってみたい。(つづく)
「矢沢さん、矢沢さんはビートルズに憧れて、“矢沢永吉”になってしまいましたよね!」
矢沢永吉は、自身の名前を少年時代に、とても嫌だったそうだ。
「永吉だよ、親が、永く吉でありますようにか、なんだか知らねけどさ、古めかしくて、ジジイ臭くて、本来なら、タカユキとかヒロユキとか、響きがカッコいい名前ってあるじゃん?そういう名前に憧れたものよ。」
この様に笑いながら述懐してもいる矢沢永吉という名前は、今では、超カリスマの、ブランド名として輝きを増し続けてもいる。皮肉なものである。
これって前回のWBCの、アメリカとの決勝戦を前にした、大谷翔平がロッカールームで、発破をかけて宣言していた言葉を彷彿とさせる。
「憧れるのは、やめましょう」
とも、一脈も二脈も通じる、夢、目標、目的へと突き進む者の、教訓ともいいえる真実が内包されてもいる。
こうした、文脈で、名将野村克也の名言として、次の様な言葉にも集約されるやに思える。
「欲から入って欲から出でよ」
有名人、名選手、名歌手、名役者、これらに言い得ることは、まず、少年・青年にとってのスタート時点の、必須のエネルギー源“我欲”というものが存在する。これが荒々しいロイター版となり、自身を飛躍させもする。また、その雑草的バイタリティがなければ、その道での大成はない。しかし、これにいつまでも、執着する、拘泥するは、自身の次の段階のスキルや技の足かせにもなるという謂いであり、上達はないという意味で、有名な“心技体”を目指す領域に入れということを意味する。これも、野村の名言なのだが、「人間的な成長なくして、技術の進歩なし」の文脈上にある。私的な自己から公的な自己への脱皮、覚醒でもあり、周囲の存在、スタッフやチームメイト、関係者やファンへの想いといったものが、一次元の自己から二次元の、三次元の自己へと雄飛させもする。これが、“欲から入って欲から出でよ”の真意でもある。大谷翔平のエンジェルス時代から今のドジャース時代、それが“鑑”とも言える姿でもあろうか?
武蔵と小次郎の、決定的な差とは、実は、欲から出たか、欲に留まったか、その精神の差であったと私は観る。力の剣と心の剣との差でもある。美空ひばりのレコード大賞曲『柔』の歌詞ではないが、「勝つと思うな、思えば負けよ~♪」、巌流島の勝敗は、ここに存する。
この三月は卒業の時期であり、来月四月は入学・入社の月でもあろう。そこで、この矢沢永吉と大谷翔平に共通する、“欲から入って欲から出でよ”という言葉を新大学生、新社会人に贈りたいと思う。
東大、早稲田に入学する、名門企業ソニーやホンダなどに入社する、こうしたフレッシュマンに対して、この“欲から入って欲から出でよ”とは、どういう意義を持つものなのか、次回語ってみたい。(つづく)