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大河ドラマ『いだてん』と新テストの頓挫で終わった2019年

 NHKの大河ドラマ『いだてん』もしくは、2020年度から開始が予定されていた新テスト:「英語民間資格試験・数学国語記述問題」の2本柱とかけて、小学校の運動会におけるお父さんの徒競走と解きます、その心は

 

 気持ちばかり、先走って、身体がついてゆかず、こけちゃいました。

 

 大河ドラマのコンセプト{2020年度のオリンピックを盛り上げようとする方針}にしろ、新テストの理念にしろ、現場、現実が全くついてゆけず、視聴率の記録的低迷、そして、直前まで文科省ががんとして譲らず、「何が何でも実行する」と偉そうに断言していたものが、突如、世論、マスコミ、一部の教育有識者などから、非難され、ついに挫折と相成った現実は、お父さんが日ごろ、運動不足で、我が子の運動会に飛び入りで参加、「なんとかなるさ」と思いきや、脚がもつれ、転ぶ光景と瓜二つではないでしょうか?滑稽でさえあります。

 

 政治評論家でジャーナリストの鈴木哲夫氏も、先日フジテレビの『バイキング』という昼の番組でコメントしてはいましたが、今般の英語民間試験の中止、数学・国語記述式問題の撤回など、<政策的判断>ではなく、<政局的判断>だと断言していましたが、ことの実相を衝いていましょう。つまり、安倍・下村の面子をぎりぎりまで保とうと粘った見苦しさです、終戦を遅らせようと、結局、沖縄戦、広島長崎の原爆投下を招いた、戦前の政治家・軍部と全く同じ思考形態です。

 安倍政権のうちに、下村博文元文科大臣が言い出しっぺとなった、‘戦後最大の入試改革’というキャッチフレーズは、まさしく、安倍政権に、レガシーを残そうという、まるで、安倍政権のうちに、お友達の加計学園に獣医学部を設置してあげようという心根と同じものを感じずにはいられません。来年、国賓として中国の習近平主席を迎え入れる判断と同じものを感じます。香港問題、ウイグル弾圧、尖閣問題、日本人大学教授の拘束事件など、様々な問題がある中、国賓として習近平を迎え入れることは、戦前、ヒトラーを昭和天皇が国賓として迎え入れるに等しいといった意見は、自民党内部や産経新聞でさえも主張しているところです。これも、安倍晋三が自身、首相の時機に習近平という、トランプと洋の東西で両翼をなす現代の独裁者とお友達になっておきたいというプライベートな野心の表れでしょう。全てにおいて安倍首相と内閣人事局が、江戸時代の側用人柳沢吉保と将軍綱吉{※コンプレックスが政治的エネルギー源であった点で共通しています}のコンビに思えてきてなりません。

 今般の、英語民間試験にしろ、数学・国語記述問題にしろ、頓挫したことで、安倍首相と下村博文元文科大臣の面子は丸つぶれとなったことでしょう。その面子をぎりぎりまで保つ意味でも、直前まで、中止の判断をださなかったことから、鈴木哲夫氏の弁、「これは、政策的判断ではなく、政局的判断だった」ということが証明されています。

 

 これは、個人的に、教室内で、私が生徒達に語っていたことです。50万人の受験者を採点する採点官、アルバイトを含め1万人は必要とされていました。この1万人には、ピンからキリまで含まれていましょう。少し前に、話題となった、バイトテロというものが、記述式問題の採点の際、起こりかねなかったと生徒達に予言していたのです。

 採点官一人が担当する国語の記述解答を採点している際、「こいつ、馬鹿じゃね~!こんなバカな解答してるぜ!」とか「こいつ、超うける~!こんなアホな解答しています~!」とスマホでその解答用紙を写メして、SNSなどで流す事態など私は予想していました。日本中のサービス業のアルバイト学生の愚か者、社会的倫理観・道徳観など欠如している同族人種が、ただ“頭がいい”だけで、採点官バイトに応募し、ちょっと魔がさして、受験生の記述解答をネットで流す最悪の事態すら想定していたのです。これは、杞憂であると指摘する方もいられましょうが、1万人ものアルバイト採点官なら、そうした事態すら起こるのが当然と見越すのが常識というものでしょう。ですから、数学・国語の記述問題の不採用判断は、当然の帰結です。

 

 明治大学准教授飯田泰之(経済学者)も、朝のラジオ番組でコメントしていましたが、「記述問題は、せいぜい3000人くらいしか正しく採点できない、マックス5000人、ちょっとむりかな、50万人に記述問題を出題して採点するとなると、それは、そのレベルの記述問題は、マークシート形式でも測れる問題だ」と指摘していました。彼は、予備校講師も経験があるそうです。また、彼は続けて語っていました。「“マークシートは駄目、記述だ”と喚き散らしている有識者や政治家は、現場の大学の過去問を実際みてはいない、解いてもいない人間がほとんどです。民主党政権時代に文部科学副大臣も務めた“教育のスペシャリスト”と言われている鈴木寛でさえ、現場の大学の過去問を見ているのか、料簡を疑う」とまで語っていました。そうです。世の政治家、親御さんでさえ、我が子の受験する大学の問題が、全て自動車学校のマークシート形式でできている、毎年1月に新聞に掲載されるセンター試験と同じ代物という固定観念をもっている人がどれほど多いことか!こうしたマークシート幻想に囚われた、教育的蒙昧なる“政治家・財界人・大衆”で、これまで、理念先走りの新テストに誰も、NOを突き付けられないできたのです。<鬼畜米英・大東亜共栄圏>というスローガンに騙された戦前の政治家・財閥・庶民を思わせます。英語に関しては、鳥飼玖美子氏や阿部公彦氏、国語に関しては、紅野謙介氏が、舌鋒鋭く政府や文科省を批判してきました。英語にしても国語にしても、新テストを全面から批判してきたのが南風原朝和氏でもあります。教育に関する賢者たちであります。

 『いだてん』というドラマが、オリンピックの招致をドラマ建てしょうようと、木に竹を接ぐようなストーリー仕立てが馬脚を現した、また、落語家古今亭志ん生をビートたけしに演じさせて、むしろ、欲張り過ぎて、焦点がぼやけ、感動性が薄まったといってもいいでしょう。大河ドラマのコンセプトありきの大失敗作です。

 来年度は、明智光秀を主人公にした『麒麟がくる』という大河ドラマです。これは、現代を扱ったTBSドラマ『半沢直樹』と同じプロットです。大河ドラマの王道、戦国から江戸にかけて、信長・秀吉・家康の時代に置き換えたものです。それも敗者・弱者からの視点で明智光秀を描きます。恐らく、2019年で大河に飢えていた視聴者が返ってくるはずです。それも視聴率は、記録的に伸びると予想します。理由は、簡単です。現代は格差社会で、弱者の目線、即ち、光秀の目線で、しかも、数年前に大ヒットした『半沢直樹』の歴史バージョンになるからです。光秀の倍返しならぬ、千倍返し(本能寺の変)へとドラマが展開してゆくからです。‘悪人’光秀の視点からの、サラリーマン、中間管理職の悲哀のドラマともなりましょう。判官びいき的趣向のある日本人が、明智光秀を、源義経と石田三成の融合的キャラとして生まれ変わらせるドラマと期待しています。


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