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日本電産永守重信会長の教育上の死角

昭和50年代のことです。日本の政治、政治家に幻滅したのか、将来の日本国を背負ってゆける人材を育てるべく、戦後最大の、実業界の成功者松下幸之助が、私財をつぎ込んで松下政経塾を茅ヶ崎市に設立したのはもう遠い過去(1979年)のことで、設立された当初、相当話題ともなり、大学を卒業したりした優秀な若者が、そこで政治家である以前の立派なる公人の心得を学んで、政界にデビューしていった。特に、民主党政権の野田佳彦元首相など非自民系の政治家を多数輩出してもきた。それが、果てして成功しかた否か、まだ判断する段階ではありませんが、この松下政経塾は、慶應のSFC同様に、その人気度や注目のされようは、平成後半になるにしたがい、下降線をたどってきた感が否めません。経済界からの政界変革、実業人の挑戦、それが松下政経塾でもあったのです。詳しくは、『松下政経塾とは何か』(新潮新書)をお読みいただくと松下政経塾の設立の経緯が分かるかと思われます。
それに対して、近年、平成末期に日本電産の永守重信会長が、私財を投じて、大学運営に乗り出してきました。松下幸之助とは方向性が違う、実業界から日本の経済界を憂うる試みである。その動機は、永守氏は声高に叫んでもいるが、自身の会社に入社してくる学生が、まったく使い物にならないという嘆きから生じたものだという。
そもそも、永守氏の実感とやらは、自身の日本電産という会社のブランド認知度、また、そのブランドそのもの確立度、それが低いせいで、優秀な学生が、ある意味、彼の会社を避けてもいる実態がわかっておられるのであろうか?いじわるな言い方をすれば、お茶の出がらしのような学生、二番絞り、いや、三番絞りの学生しか日本電産に就職を望んでいない、可能性があるということです。そこが、永守氏の教育、人間の本性というものへの洞察力の甘さと言わざるをえない。この日本電産という会社が、理系、文系を問わず、就職人気度ランキングでどれほどの位置にいるのか、永守氏自身がわかっておいでなのだろうか?
理系の超一流企業の、富士通、日立、ソニーなど、そうした会社の幹部からは、一切そうした愚痴など聞き覚えがない。偏差値50前後の中高一貫校の理事長や校長が、どうしてうちの学校には、こんなにもバカな12才の少年しか入ってこないのかと愚痴るようなものである。開成や灘の学校関係者からは、どうして最近入ってくる少年のレベルが下がってきたなどという不平不満を語らないのと同義でもある。
この永守氏は、自身の会社に入社してくる学生を、使えない人材と烙印を押してもいるようだが、即戦力となる学生など、つまり、文系だと秋田国際教養大学、理系だと東工大や東北大といった“優秀な”学生など、第一志望で、確かに世界のモーター市場の7割をも占めるこの日本電産にエントリーするでああろうか、私は、こんなに美人で、こんなに頭脳明晰で、こんなに性格がいい女性なのに、どうして男性は近寄ってこないのかしら?といったお門違いのOLの鼻持ちならなさをこの永守会長に禁じ得ないのである。
戦後昭和前半の製造業の立志伝中の人物は、松下幸之助、昭和後期は稲盛和夫、そして、平成だとこの永守重信ともいえよう。しかしである、どうも教育というものの本義、真に使える人材というものが、「偶然に逆らわず、必然を求めない」(土井善晴)という日本刀の名刀を生み出す極意とやらに一脈も、二脈も通じているという真理がわかってもいないようである。
教育とうものの本義、実社会で真に役にたつ人材というものが、あたかも製造業の工場におけるのと同様に、瑕疵のない製品が生み出せると考えてもいるようなら、人間というものを見極める洞察力というものが、少々不足してもいると言わせていただこう。会社をこれほど大きくされた、その経営手腕の大局観、そして、マネジメントという企業立て直しによるM&Aで急成長したその、社員への洞察力は見事なものではなるが、経済・経営に軸足をおく社会人への洞察力は、社会デビューする以前に未発達人間でもある学生へは適用できないし、無力であるということをご存じないらしい。天下を取ったあとの豊臣秀吉にこの永守重信会長がダブっても見えてくる。
余談だが、このカリスマ経営者は、自身で日本電産生え抜きの人材ではなく、日産から優秀なる人物関潤氏をヘッドハントして社長に据えたことは、彼の運営する大学を卒業しても、将来は、日本電産を背負って立つ器のでかい幹部にはなれないことを暗示してもいる。カリスマ経営者というものの、一番の弱点は、後継者を育てられない点にある。その点、過去においては、中内功しかり、鈴木敏文しかり、将来的には、孫正義や柳井正もその気がありそうである。彼の大学(京都先端科学大学:KUAS)を出た学生は、せいぜい足軽、足軽大将ごとき、重役にもなれない将来がみえみえでもある。事実、このKUASという大学で学んだ超優秀な学生は、この日本電産に就職しないことも可能性としては十分ありうる、まるで、防衛大学校を出ても、民間に就職する学生が数割も生じる事態とおなじ現象である。齢90代になってもいる永守重信名誉会長は、「うちの大学で学んだ超優秀な学生ばかりが他の大企業に横取りされて歯がゆい、うちの大学で育てた平凡な学生ばかりが日本電産に入ってくる」と嘆いている未来予想図が透けて見えてくる。
教育とは、学校運営とは、経営、会社のM&Aの論理・手法とは全く毛色が違っていることをご存じないのが、何かにつけてほぼ成功を収めてきた立志伝中の‘英雄’の死角でもある。
以下は、日本経済新聞の特集“教育岩盤”の記事(2021年11月4日)である。題名は「ブランド主義 改革の壁 即戦力の人材育たず」(日本電産会長 永守重信氏)といったものである。そのインタビューの抜粋である。

――経営に乗り出した京都先端科学大(KUAS)の工学部新設では文部科学省の認可が遅れました。

「会社をゼロからつくり、世界ナンバーワンの総合モーターメーカーになった。産業界は公平公正な競争が働き、企業はどんどん改革を進められるが、大学は文部科学省が許諾可権を握っている。審査の過程では重箱の隅をつつくような質問をされて苦労した」

「だが文科省でもKUASの理解者がでてきて、2022年度にはビジネススクールも開設する。文科行政は変わってきたし、もっと変わると期待している」

――大学改革で最大の障壁はなんですか?

「根強いブランド主義だ。競争原理が働かない。友人の孫がKUASに入りたいと言ったら、親や祖父母がブランド校ではないと猛反対した。本人も何をしたいのか定まっていない」

「新卒者を1万人採用してきたが、ブランド大学と非ブランド大学で能力に何の関係もない。それなのに親はブランド大を目指して子どもを小学校から塾へ行かせ、夜遅くまで勉強させる。大学に入る時はエネルギーを使い果てしている。これでは創造力もコミュニケーション能力も育たず、グローバルで通用しない」

「採用する企業側もブランド主義だ。その方が安心だからだ。社会が求める学生を送り出す方向に、家庭も学生も企業も考えを変えるべきだ」

――工学部はモーターも学べるのが特徴です。

「日本の工学部は幅広い知識を教えるが、モーター専門の学生は少ない。最初から専門分野を深堀りしないと、即戦力にはならず、世界に勝てない。米国ではモーターを学びたいならモーターで良い教育をする大学を選ぶ。ところが日本はブランドで選ぶ。名門大学なら学部は問わない。だから就職で10社から内定を取ったが、全部違う分野という学生が出てくる。専門性がないので、すぐに会社を辞めてしまう」
割愛

「これからの永守学園は人間教育をやりたい。日本人としての誇りを持ち、世界に通用し、将来の日本をつくる若者を育てることだ。例えばDX(デジタルトランスフォーメーション)人材やソフトウェア技術者、人口知能(AI)の専門家など世の中が求めている人材だ。社会で不足している、こうした人材を育てたい」

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