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一般の小学生が勉強(中学受験)する理由

 「明日死ぬと思って生きない。永遠に生きると思って学びなさい。」(ガンジー)
 
 人は、何故、学ぶのであろう?どうして学習するのであろうか?このテーマは、一種哲学的ともなるので、敢えてこの場では避けて、ひとまずは、レンジを狭めて考えてみよう。
 
 小学生、それも、もの心がつくかつかないかの、思春期の夜明け前の日本の小学生は、どうして、勉強をするのであろうか?これを、更に焦点を絞り、どうして、中学受験というルートに、4、5年生から入るのであろうか?公立小学校では、まず、習わない、教えられない、高度の算数、国語、理科、社会とやらを、どうして進学塾で必死に学ぶのであろか?一般論としては、小学生ながら、その子は精神年齢が、大人びてもいるのであろう、有名私立中学校へ進んだ方が、何かと、有名大学へ進める可能性が高くなる、最終的には、有名企業や、自身の好きな仕事に就ける可能性が高まる、そう心底思っていることが、多数派の理由でもあろう。こうした動機は、小学生に限らず、中学生にも、高校生にも該当するメンタルではある。何故学ぶ?どうして勉強する?その実利的理由である。その淵源は、『学問のススメ』にすべては行き着く。
 
 ここでは、もって生まれた天才、いわば、小学生の頃から、公立小学校において、勉強はできるという種族は、除くことにする。茂木健一郎や中野信子、山口真由などである。
 
 精神科医で、鉄緑会の生みの親でもある和田秀樹氏の説でもあるのだが、そうした、将来性を考慮して、勉強する派ではない組として、「勉強ができると、親が喜ぶから」というのもあるらしい。意外や、この部族が、隠れお勉強派として多いと聞く。親の喜ぶ顔を見たい、親の欲望を忖度しての勉強である。この、典型が、親が医師のケースである。親が医者の場合、その息子、娘は、医師の空気、ましてや、祖父から医師の家系の場合、もう、外圧的に、同調圧力からして、医師を目指さざるをえない立場におかれるといのは、何も、令和や平成に留まるものではなく、昭和から明治にかけても該当する現実である。親の期待に添えなかった、医師の道に敢えて進まず、親から勘当されとか、親から無視された例などいとまがない。
 教え子にもいたのだが、医師の家系で「医学部を目指さないと…」といった生徒や、母親が看護師で、看護師を目指したり、母が薬剤師で、薬剤師の資格をめざしたりなど、家庭内で、“異分子”となる存在を恐れ、懸念して、親から何らかの結びつきをとどめておこうという深層心理が働いて、医師薬学看護系を目指す高校生がどれほどいたことか。このメンタルは、政治家一家にも適用できよう。
 
 医師という外圧がなくても、教育ママ的存在が家庭内にいて、我が子を猛勉強へと巧く誘導するケースも多々ある。佐藤ママこと、佐藤亮子などは、それで、我が子三男一女を東大理Ⅲへと誘導した。彼女の著書『決定版・受験は母親が9割』(朝日新書)の題名が、それをものの見事に象徴してもいる。この4兄妹は、上から下に東大理Ⅲの同調圧力がいい意味で働いてもいたのであろう。
 
 以上の他に、仲の良い友が受験するというので、一緒に、進学塾に通うケースもあるし、父母が中高一貫校であったから、僕も、私も、私立の中学に進もうと決意、また、気持ちが傾いたケースもあるだろう。
 これらは、ある意味、積極的理由、前向きな動機、両親が肯定的に認識している進路である。
 
 実は、こうした中学受験勉強“積極派”でははく、中学受験勉強“消極派”という存在もあるということを、私のケースを挙げて、恥ずかしながら、これから語ってみたいと思う。(つづく)

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