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高校3年で現代文が一番得意と公言する生徒

 「梯子の頂上に登る勇気は貴い、さらにそこから降りてきて、再び登り返す勇気を持つ者はさらに貴い」(速水御舟)
 
 これから、語ることは、高校生に複数の科目を教えている塾講師などが、特に認識・実感していることでもあろう。その感想を、国語(現代文)という教科を中心に述べてみたい。
 
 とりわけ、私立の中高一貫校の、それも、一学期の高校3年生に次のような質問をしてみる。
 
 「今、英数国の3科目で一番得意科目は何?」すると、
 「現代文です」と応じてくる生徒がいる。
 
 このタイプは、消極的理科系(理系に進んだ方が、何かと将来の職業に有利かな?くらいの派)、もしくは、積極的文系(こてこての私立文系)とでも言ってもいいかと思う。
 その一番得意な科目は国語(現代文)と応えた生徒に、嫌み交じりに、次のような言葉を投げかける。
 
 高校の3年にもなって、英数国の中、国語(現代文)が得意ですと応えた者は、中学受験では、恐らく、国語が一番得意であった生徒でもあろう。その国語の余力をかって、また、その現代文は、勉強せずとも、中高の4~5年間は、12才の年齢のままの完成品、その実力がものをいう、よって、黙っていても、現代文では、得点源ともなっていたことであろう。しかし、この生徒たちは、中学という中等教育で新たに始まる新教科、数学と英語という科目に精進しなかった、また、積極的に取り組まなかった、更に、初等教育の理科や社会から枝分かれし細分化された、物理や化学、そして歴史や地理も、そんなに得意とは言えないレベルでもある。つまり、高校生にもなって、小学校時代の得意科目が、そのまま、新規科目を凌げぬありさまともなった実態が浮かび上がってもくる。よって、私から言わせると、高校生、それも高校3年にもなって、現代文が一番得意と口にする生徒は、中等教育の、ある意味、負け組であると断言してもいいかと思う。
 
 このように辛辣な意見というか、私説を、教え子の前で吐くのである。
 
 これを言われた、名だたる進学校の某A女生徒や某Y男生徒は、「その通りです」と応えてもくる。
 この二人は、悪しきケースでもあるのだが、一方、良きケースの典型が、カリスマ現代文講師林修でもあろうか。
 想像しうるに、林氏は、現代文の底力をもとに、算数や社会・理科をものにして、四人に一人という、日本一医学部に進む生徒の多い進学校東海中学校に入学した、しかし、中学において、新たな新教科でもある数学と英語を、得意科目とした模様である。そして、多分である、高校3年時点では、文系でありながらも、数学が一番得意だったと、彼は、どこかしらで語っていたように記憶している。その証拠に、東進ハイスクールの予備校講師として採用された初年度は、数学講師であったことがそれを物語る。そして、英語も得意だったことだろう。現代文などは、得意・苦手などとは、自覚されない、無意識にできる科目として、“名将(数学・英語)~高校時代の得意科目~の陰に、名補佐役(国語)~小学校時代の得意科目~あり”ではないが、その“名補佐役”に現代文がなりを潜めていたように思われてならない。それが、人生のリターンの時期に、自身の武器になることに覚醒・開眼したのでもあろう。丁度、秀吉の名参謀(家臣)でもあった黒田官兵衛が、晩年九州の大大名へとのし上がった事例に似て非ではない。
 
 これに対して、高校生に、「三科目で一番得意な科目は?」と問うと、「数学です」「英語かな」と応じてくる<準秀才から努力型>の生徒は、苦手、さほど得意でもない国語という科目はさておき、中等教育から始った新たな<数学や英語>に猛進、必死の努力を始めるのである。これは、これで、この数学・英語という二教科を、一応、得意と公言する域にまで成績が伸びる、しかし、国語、特に現代文だけは、アヒルの水かき程度でさほど伸びない部族ではある。小学校時代に国語が苦手な生徒は、十中八九、中学高校時代に現代文は、得意科目などには当然ならない、苦手科目の尾を引いた状態で大学入試に臨む羽目となる。それは、弊著『反デジタル考』で詳細に語ってもいる。
 
 小学校まで国語が得意、その“虎の威”を忘れ、中学生になって、数学・英語に奮闘努力して、国語を凌ぐまでになった生徒は、大方、<準秀才から準天才>の烙印を押してもよろしかろう部族である。彼らは、最高で国公立の医学部へ、最低でも旧7帝大の国立大学の文系に進む者が多い。
 
 小学校まで国語が得意だった生徒は、幼児期から小学校低学年までの活字という環境、親の教育というものが、大いに左右するとも言える見地から、国語という科目は、中等教育になった時点で、“先天的・環境的”ともいえる要因が命運を決めていた。一方、中学から始まる数学や英語という新科目は、“環境的・努力的・戦略的”ともいえる要素が命運をわける。ここの、国語から数学・英語への12~3才における、<教科上のドッキング>が上手くいくか行かないかが、その少年少女の、中等教育における学業というもの左右することは、自信をもっていえることである。
 
 “失敗は成功の母”、これを肝に銘じて、中等教育で、数学と英語に精進する。このタイプが、国語がさほど得意ではなくても、大学入試で自己目標を叶える。
 
 “成功は失敗の父”、これを忘れて、中高一貫校に入学しても、国語という過去の栄光に浸り、いや縋りつき、数学や英語への精進を怠るタイプ、これが、大学入試で、不本意な大学へ進む大きな要因ともなる。
 
 人生は、死ぬまで学び続ける修行の場である。この格言を、12才の段階で、意識、無意識に関係なく、実行しない者は、人生の第一ラウンド(中等教育課程)で、敗戦とあいなるものである。
 社会人の初期、いや、大学生となった時点でもいい、人生観のパラダイムシフト、考え方の脱構築、そして、スキルの学び直し、今風のリスキリングを絶えず行う者が、人生の後半、さらに晩年で幸福を手にする。学ぶという行為に遅すぎるということはない(too late to study)という真理は、今や高齢化社会にあって、シニアオリンピックなどの80代、90代のメダリストの経歴を眺めれば、60代、70代から、そのスポーツを始めたとするものが大半である事例と同類のものである。元プロのアスリート(野球・サッカー・相撲など)なんぞは聞き覚えがない。ここからも、身体の健康と頭脳の知力は同じものともいえる。
 

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