カテゴリ

HOME > コラム > 共通テストに求められる能力は"速読術"である

コラム

< Prev  |  一覧へ戻る  |  Next >

共通テストに求められる能力は"速読術"である

 ひと昔前に、速読術なるものが流行った記憶かある。一冊の本を、10分前後で読んでしまうスーパーテクニックである。今では、余り巷では耳にしなくなった。1ページを数秒でスキャンできる、誰もが憧れる読書術は、時間に追われるビジネスマンや情報に飢えている一般人に超受ける魔法の杖でもあった。
 さて、この超スーパー読書術の、本を短時間で読み通すことのできる能力、いやテクニックなるものが、果たして、読解力として規定していいものなのかどうかといった問いを投げかけてみたい。

 例えば、翻訳書で、もちろん、悪訳でもあると評判の、カントやヘーゲルでもいい、そうした哲学書を、速読の猛者に10分で、一冊読んでもらい、何が書かれているのか、果たして理解できるのだろうか?また、西田幾多郎の哲学書でもいい、そうした難解な書を、10分そこそで、読み込めるものなのだろう?果たして理解できるものなのだろうか?
 こうした事例は、その達人には、酷かもしれない。では、歴史小説の、大書でもある、山岡荘八の『徳川家康』や、司馬遼太郎の『坂の上の雲』、また庶民の情緒性が持ち味の、山本周五郎や藤沢周平の歴史小説を、短時間で読み通し、だいたいあらすじを認識したとして、それが、どんな意味合い、意義があるのだろうか。丁度、江ノ電や、地方の味わい深いローカル線を新幹線の車窓からざっと眺め、「ああ、こういう線路沿いの光景ね!」としたり顔で知るようなものでもある。速読なんぞは、所詮こんなテクニックでもある。昼時に、立ち食いソバやファーストフードで空腹をしのいで、腹を満たし、仕事に向かう行為とさほど変わりはない。食事の喜び、充実した時間などは二の次、三の次なのだ。
 この速読術は、新聞や週刊誌、ちょっとしたハウツー本から一般ビジネス書といった実用書の類、また、せいぜいライトノベルくらいまでが、適用範囲のツールでもあろう。それ以上でもそれ以下でもない。DVDなどで映画を、倍速、3倍速、5倍速で観て、「だいたいそういう内容の作品ね!」と納得し、友人知人に吹聴するようなものが、この速読といったものといっていい。
 どうして、こんな速読術批判をしたのか?それは速読とは、読解力とは到底言えた代物ではないからだ。また、読書という行為ですらない。以前、また、今でも時たま放映されもする、テレビ東京で放映されている、“大食いチャンピオン”に等しいのは、この速読の達人でもある。短時間で、どれだけラーメンを、何杯カツ丼を食べられるか、それを競うに等しい。時間の制約の中で量をどれだけさばけるのか、それの自慢ツール、いや、いびつな異能のことでもある。

 前置きはこれくらいにしておこう。令和4年に二回目の大学入学共通テストが実施された。私は、センター試験も末期はそうなのだが、この共通テストに至っては、速読術や大食い能力を競う試験に思えてならないのである。個人的感想なのだが、共通一次試験と、センター試験には、或る一つの断絶がある、それは、<時間という制約>を大いに受験生に、見えないハンディとして加味した点である。それが、センターから共通テストに至っての変異は、その<時間という制約>に加えて、<情報の洪水>という、まるで、ラーメンとカツ丼とホットドックを20分でどれだけ平らげられるか、さばけるのか、その悪趣味の問題になれ下がった感が否めない。

 天保から安政あたりに生を受けた維新の元勲は、大正デモクラシー後の昭和維新、いわば、昭和の軍国主義を憂いてもいた、自分たちの子ども世代、孫世代の、極右の、ナショナリズムに危機感を抱いて、最後の元老西園寺公望などは、日本の破滅の末路を危惧しながら死んでいった。
 明治時代、これが、共通一次試験時代としよう。大正時代、これが、センター試験時代としよう。昭和の初め、これが共通テストとなぞらえよう。平成後半に生をうけた高校生は、この異様なる共通テストに、何の疑問ももたず、それに対応、対処する勉強法を当然のこととして、実践するはずである。問題が、“試験本来の筋・大道”からずれている実態をも認識せず、この試験で高得点をゲットすることが、思考力・論理力・表現力を磨く工程、至上目的でもあると即断する危うさ、これを誰も声高に指摘しようとしない。

 これは、英語と受験とのかかわりにおいて、英検何級ゲット、TOEIC何点ゲット、その結果のみを追い求めるメンタルを近年中等教育において波及させてしまった悪しき慣例と同じである。その同類の教育的イデオロギーを、国民的行事の冬の高校生の風物詩となってしまったモンスター試験にも、実用主義というドグマを植え付けてしまった罪は重いといっておこう。


< Prev  |  一覧へ戻る  |  Next >

このページのトップへ