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私の二刀流①~英語と仏語~

 時たま、教え子の生徒から、「先生は、どうして今英語の先生なのに、仏文科に進んだのですか?」「どうして、白百合のEさんに、フランス語を教えられるのですか?」という質問を受けたことがある。その返答というものを、簡略に披歴してみたいと思う。次のような内容を語ってきかせる。
 
 高校生になって、理系人間から純文系人間に豹変した。理由は、両親の離婚と高校中退、そして、東京から東北の湊町石巻への中等教育後半時代の下野、この三点に尽きる。
 同級生、同学年の、東京の友と同じ人生の列車に乗りそこなった、青春の虚無感、学校システムから外れた疎外感、そうしたものがその淵源でもあっただろうか?
 
 この純文系人間から文学青年へと孵化する17歳頃は、数学などの科目は勿論、SFやゲームから、その当時開催された筑波未来博やスペースシャトルにいたるまで、社会進歩の原動力となるサイエンスというものへの興味関心が衰滅してゆくメンタルといってもいい時期であった。詳しくは語らぬが、文明の利器や社会発展などとは精神がかけ離れてもいった。この17歳前後の思春期の異質体験が、人間というもの、人間という人類史上、普遍の、不変の生き物、それへの関心への対象として、その正体を分かろう、知ってやろうとする興味だか好奇心だかわからぬが、文学と歴史というものへと埋没してゆく十代後半へ突入してもいった。勉強そっちのけで人文科学(文学・思想・歴史)のみの十代後半こそ自身のアナログ気質、いわば、社会が変わろうが、変化してゆこうが、その実相に抗うかのように、書物のみ、大方は、日本文学なのだが、それに夢中になっていった。当然、勉学の成績は下降線をたどっても行った。中学まで勉強ができた神童が、高校へ進むと文学に目覚め、成績が落ちてゆく詩人たちの気持ち、エピソードがよくわかる。
 
 レベルや次元、その質も当然違うが、ちょうど、川端康成の戦後のメンタル<末期の眼>と、ある面では似通うような青春時代でもあった。ちょっとエエカッコしい的に言えば、「私は17歳ですでに老いていた」と言ってもいいかもしれない。
 
 
 もう古のモノ(古典や骨董や近代絵画、そして仏教など)にしか興味が湧かない、未来、将来といったモノには、関心が向かなくてしまった。過去から、自分の青春の定位置、時代における自身の状況、時代上のアイデンティティー、それらを確認する意味でも、過去の作品、特に文学作品に指針を求めていたのかもしれない。
 
 ここで、端折るが、大学受験の進路を決める際、自己の文学の遍歴を顧みた時、漠然とながらも、心ひかれる作家たちが、どうも仏文科が多いということに気づいた。結構読んだ作家は、福永武彦、中村真一郎、加藤周一、小林秀雄森有正、辻邦生、‘大江健三郎’など、である。ちょうど、宅浪時代に、最も読んだ作家横光利一が、「日本文学の故郷は、ロシア文学とフランス文学だ」という言葉を発していることに、進路は大まか決定した。それが、第一の理由でもある。
 
 しかし、その後、駿台予備校時代に、様々な英語講師に薫陶を受け、将来は、予備校講師か英語教師かに、志が靡いてもいった。振り子が、英文科へと振り子を反転させてゆく。その後、さらなる遠回りもして、何とか、一応、慶應大学へと進んだ。
 
 大学1年の一般教養の日吉時代である。第二外国語にフランス語を選んだ自分は、まじめに、そのヨーロッパの言語を、文法を学んだ。その文法のテキストは、『新初等フランス語教本<文法編>』(京都大学フランス語教室編)というものであった。その後、英精塾の隠れフランス語コースで、白百合学園や暁星学園の、仏語大学受験組の連中に、使用してもいる名著である。
 それから、一年後、慶應の文学部では、学振りといって、二年に進級する際、英文科、国文科、仏文科、社会学科、美学科、心理学科などという風に、選択する制度となっていた(今もそうである)。
 ここで、少々の迷いが生じた。選択の関門、進路の関所である。
 駿台予備校以前は、将来は、モノ書き、それの踏み台として仏文科を視野にいれていたつもりが、あの予備校全盛期に個性豊かな、キャラが立つ英語や古文、日本史などの優秀な講師の授業を受けていると、特に、英語なのだが、その英語を教える生業に進んでみようかという決意が、その職業的現実性が、優先してもきた。
 
 その進路の際に、葛藤して、自身を納得させた論理である。理屈でもある。
 
 英文科に進み、あと数年間、英語に精進したところで、英語というグローバル言語には上のまた上がいる。この(当時住んでいた)横浜市南区内に、英検1級を持つ人間は、100くらいはいるだろうか?しかし、英検準1級と仏検準1級を両方持つ人間はどれくらいいるだろうか?10名もいないのではないか?就職する際に、この二刀流のほうが、商社(アフリカなどに支社のある企業)やメーカーでも重宝されるのではないか?大学入学までの英語力があれば、あとは、何かと自力で、趣味の域で、コツコツ伸ばせる。しかし、この、せっかく1年仏文法を学んだ初級フランス語を、この3年で、今の英語並みの、フランス語力に高めたほうが、賢明ではないか?それに、高校時代に、将来、日本文学ばかり読んでいた自分としては、大学生になり、邦訳で外国文学を読み始めてもいた頃、カミュやサルトル、モーパッサンやバルザックなど、原点でも読みこむ力もついてくるだろう、そうだ、仏文科の方が、自身の将来の、人生の設計図としては、辻褄もあい、後悔も残らない。そういう、自己合理化の論理で、仏文科を選んだわけである。これも、迷った時は、狭き門より入れの聖書の教えを地で行った感がある。
 
 今でも、“英文科へ進んだ方が……”といった想いが湧いてこないではないが、宮本武蔵の『独行道』の一節ではないが、「我事におゐて後悔せず」の心境でもある。
 このような経緯で、私は、拙いながら、何とか、二刀流で、小さな塾で英語はもちろん仏語も教えられるという食い扶持にありつけてもいる。

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