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指導者イチロー誕生の記事を読んで...

 指導者イチロー誕生
 
昨年12月に学生野球資格回復研修を受けたイチロー氏が7日、資格回復が認められた。
 
以上は、日刊スポーツが報じた内容記事(2020年2月8日)の一部です。つまりイチローがアマチュアを教えられる資格を得たことを報じたものです。
 そのことに対して、JX‐ENEOS大久保秀昭監督の弁が載っていました。それの抜粋です。
 
 プロアマ両方での競技・指導経験から抱くのは、プロが上と決めつけことへの違和感だ。「『プロが一番。お前ら、しょせんアマチュアだろ』という人の下では教わりたくない。野球の優劣で人間の優劣までつけられない。そりゃプロが大観衆の中、トップレベルの技術で勝負した経験は何物にも代えられない。その経験を話すことはできる。でも、育て導く能力は別だと思う」と強調する。自らも「元プロ」だが「そんなの要らない。プロ経験と指導力は別物です」と続けた。
 野球をひとくくりで捉え「アマで結果を残した人がプロの指導者やGMになる時代になってもいい」と望む。だから、イチロー氏には「底辺まで下りてくれて身近に感じられたら、野球界にとってこんなにうれしいことはない」と裾野を広げる活躍を期待した。                                       
【古川真弥】
 
 この記事を読んで、私は思わず膝を叩いてほくそ笑んだものです。と申しますのも、この大久保監督の真意こそ、拙著『英語教師は<英語>ができなくてもよい!』の主旨の半分を射当ててもいるからです。
 長嶋、王と比べ、野村の方が格段に指導者としては優れていた事実・用例を引用し、様々なスポーツの指導者を比喩に、<英語教師は、自身ができる能力より、その指導法が優先されるべき論>を展開したものであります。また、王監督は、ソフトバンク後半生時代、“殿上人”から舞い降りて、ワールドベースボールクラッシック(WBC)で優勝し、名監督となった経緯は長嶋監督とは別次元、いや、野村監督の域に近づきました。因みに、もし、野村がWBCの日本代表監督だったら優勝はかなわなかったかもしれません。この理由は、また別の機会にしましょう。
 また、プロを<如来教師>に、アマを<菩薩教師>に喩えてもいます。
 いずれにしても、自身が英語ができるということと、それを人に教えるということは別次元のことであるという比喩を、この偉大な野球人、野村、長嶋、王を引用して論を展開したのが、『英語教師は<英語>ができなくてもよい!』であります。手前味噌ではありますが、少しでも、この日刊スポーツの断片記事で共感、共鳴、関心を抱かれた方は弊本をお手に取っていただければ幸いです。
 ちなみに、王、長嶋と違い、野村は、2002年から2005年までアマチュアのシダックスの社会人野球監督も務められた経験ありということを補足しておきます。
 
 
一流選手、必ずしも一流の指導者にあらず。
指導者になるなら、そのための教育を受けよ。(P75より)
 
 一方、アメリカには、マイナーリーグがあります。マイナーリーグは、最下層のルーキーリーグから7段階にクラス分けされています。人を育てる立場の者も、1段階ずつ上を目指して勉強していきます。つまり、有名無名を問わず、指導者として能力のある人間がはい上がっていく、非常に公平かつ厳格なルールが敷かれているのです。
 ですからアメリカには、スーパースターで現役を退いたあとに監督になる選手はほとんどいません。「オレは稼ぐだけ稼がせてもらった。あとは家族を大事にすることに人生を使う」といて監督を目指さないからです。
 ところが、日本は違います。過去のスーパースターを、そのまま監督に据えてしまう。「プロの選手を育てる」という根幹の勉強も経験も積まないまま、有名で人気が高く、お客さんが呼べるとい理由だけで、選手たちのトップに躍り出てしまうものが多すぎます。そんな人が本当に選手の能力を引き出し、育てられる指導者になれるでしょうか。
  『広岡イズム “名将”の考え方、育て方、生き方に学ぶ』(広岡達朗)ワニブックス
 
 巨人の黄金期、V9直後すぐに背番号90をつけて監督となった長嶋茂雄、それなりの実績をあげていながら、不自然に、無理やり、原監督から、読売の人事異動という名目で、堀内恒夫監督バトンタッチさせた渡辺恒雄オーナー(平清盛)、そして、再度、原監督を辞めさせ、まだ現役続行したい気持ちが十分あった高橋由伸を引退させて監督に据えたやり方。こうした手法を続けていけば、巨人は、平家“球団”となることは目に見えているのです。
 
 最後に一言、野村克也氏が語っていたことですが、外野手出身に名監督はいないそうです。端折っていえば、野球の流れ、全体の守備の関連性など頭になくても、飛んできたボールをただキャッチしさえすればいいからだそうです。つまり、野球の試合展開の大局観が身についていないからでしょう。V9時代の柴田勲、高田繁はもちろん、阪急の福本豊、広島の山本浩二など、そういえばそうです。
 名監督は、内野手出身がほとんどです。西鉄の三原、南海の鶴岡、巨人の水原や川上、近鉄の西本、オリックスの仰木などです。キャチャー出身の名監督は、数は少ないですが、連覇を成し遂げた、球史に強い印象を残した人物が多いと思います。阪急の上田、西武の森、そして、ヤクルトの野村です。
 この、野村のジンクス的私論でいけば、松井秀喜は、おそらく名監督にはならないでしょうし、今の彼の言動から想像するに、監督をやる意志もないでしょう。イチローはどうでしょうか?野村の晩年の名著『野村のイチロー論』(幻冬舎)をお読みいただくと、その答えのヒントが浮かび上がってくるかと思います。

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