HOME > コラム > 国語は算数へ、算数は英語へとつながる!

コラム

< Prev  |  一覧へ戻る  |  Next >

国語は算数へ、算数は英語へとつながる!

 国語という科目の厄介さをこれから申し上げてみたい。
 
 有名人を例にあげましょう。今やタレント予備校講師の林修氏に関してであります。彼は、祖父が日本画家で、小学生時代にその祖父の書棚にある日本文学大全集とやら、数十巻を読破していたそうです。また、同じ時期、小学生で源氏の家系の研究をし、高校生でも知らない源氏の知識オタクとして“自由研究”をしていたともいいます。その下地があったればこそ、小学6年生から中学受験の勉強を始めて、地元愛知県のナンバーワンの中高一貫校の東海中学に合格するのです。また、中学の段階で、すでに、共通一次レベルの数学は、ほぼ解けると踏んだ段階で、高校時代は、ラグビーに明け暮れたともいいます。そして、現役で東大文科Ⅰ類に合格します。
 
 また、メディアで大活躍している政治学者三浦瑠麗さんも小学時代に父親から一切テレビを見せてもらず、読書ばかりしていたといいます。年間1000冊以上も読んでいたとも言います。驚くべきは、一日に数冊のペースになります。県立湘南高校でも、高校3年から受験勉強をし、もちろん、現役で理科Ⅱ類に進み、大学院から政治学の道に進むことになるのです。
 
 この両者は、もともと地頭があった、IQが高かったとのご指摘があるやも知れませんが、やはり、ここでいう、数学者藤原正彦氏の名言「小学生に大切なのは、一に国語、二に国語、三、四がなくて、五に算数、英語、パソコン(プログラミング)、そんなのどうでもいい!」これの信憑性が輝きを増してもきます。
 
 ある意味、中等教育の6年間の勉強の命運(勝敗)は、初等教育の6年間、いや、低学年の3年間の読書量がモノを言うといってもいい。小学生低学年の読書量が、特に意外やもしれませんが、高学年の国語を規定し、更に算数を伸ばす。小学校の高学年時代の算数が、中学時代の英語を左右しているというのが、私の持論でもある。中学時代数学がそこそこ得意であった、できた生徒も、高校生ともなると苦手科目になるのは、その小学生時代の“国語”力が根底で明暗を分けいるというのが私の仮説でもあります。
 
 これはあくまでも、私の経験則に基づいた仮説であります。夏期講習などで、苦手科目克服の授業を受けて、一番効果薄な科目こそ現代文であると断言できましょう。数学や英語が西洋医学の抗生物質だとすれば、現代文は、漢方薬に該当すると。体質、その薬草、その調合の仕方で千差万別であるのと似ています。よく、カリスマ予備校講師が、自身の手法を自慢げに宣伝してはいますが、また、その支持者もいますが、英語、数学が、5割程度の受講効果があったとする生徒がいたとすれば、現代文は、せいぜい2~3割程度であろうと思われます。その数割の成功事例をその予備校や関連出版社が喧伝するがゆえ、蒙昧なる、自身の国語のバックグラウンドもわきまえない高校生がそれを信じて、かちかち山の泥船の如く本番で沈んでゆくというのが実態でもある。よく、深夜番組で、これで痩せました、これで髪が生えましたなどをうたい文句に健康スプリなどを宣伝していますが、おそらく、その効果も数割程度が限度でありましょう。ですから、その画面にテロップとして、「これは個人の感想です」という文言が言い訳がましく、逃げ口実としてできてくるのはそれであります。現代文も、健康サプリと同類の効果しかありません。あるとしたら、ある程度小学生時代に、また、中学生時代から、読書の習慣が身についてきている背景があろうとも申せます。小学生時代、算数の旅人算やら通過算の受験問題に疎遠であった少年少女が、算盤だけは習っていたという経歴が、中学からの数学でも伸びしろがでてくる事例と相似関係をなしてもいます。
 
 ですから、世の小学生をお持ちの親御さんは、スマホやゲームなんぞではなく、紙の本を友とする習慣を身に付けさせることです。また、世の中学生、高校生は、遅くはない、活字に接する習慣を、痩せ我慢的に身に付けるように心がけることです。
 
 これは、データや調査がなされていないので、はっきりしたことは不明ですが、敢えて、申しあげます。高校2年、3年で、出口汪氏の、板野博行氏の、林修氏の、柳生好之氏の、現代文の参考書や講義を使用したり、受講したりしても、その効果がはっきりと出る出ないの分かれ目は、こうした小学校時代から中学時代にかけての前向きな読書体験というものがバックグラウンドにあるということです。ですから、近年、多くの中高一貫校で実施されてもいる《朝の読書》という習慣は、ゲームやSNSに時間を奪われていた生活を、読書の面白さに目覚めさせ、休み時間や自宅でも前向きに活字に接しさせるきっかけをつけることに学校関係者は気づき始めてきた証拠でもあります。

< Prev  |  一覧へ戻る  |  Next >

このページのトップへ