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コラム 9ページ目

2022/07/04

ひろゆきの古典不要論とドナルド・キーン

 日本人は、<外国>に弱い、外国人の言説に折伏されやすい、いわば、舶来志向が根強いとされる。これは、明治維新後に顕著となったものなのか、いや、平安、奈良時代の、遣唐使、遣隋使以来のものなのか、はたまた...

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2022/06/27

脳科学者茂木健一郎氏の言説の死角

 脳科学者茂木健一郎について、少々言いたいことを述べさせていただく。彼の、日ごろの発言や書籍の内容に関しては、大方、7割強は、首肯する、同意する、また、納得することばかりであるのだが、一方、残り3割弱...

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2022/06/20

文Ⅱが文Ⅰを越えた、文Ⅲが一番難しくなるであろう

 波頭亮氏の『文学部の逆襲』〔ちくま新書〕―人文知が紡ぎ出す人類の「大きな物語」を読んだ。詳しい感想や、書評は、別の機会に述べるとして、まず、この新書の題名、そして、波頭氏と茂木健一郎氏とのYouTu...

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2022/06/13

高校生の国語という科目の中の小説というもの

 国立志望の高校生は、文系なら数学と理科一科目、理系なら国語と社会一科目、それぞれ、必須の関門が待ち構えている。ある意味、リベラルアーツのリトマス試験紙が、授業料の安い国公立の必要条件である証左となっ...

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2022/05/30

教育において論理とは如何なるものか?

 昔から、いやロッキード事件以来、田中角栄逮捕から、国民は、政治家に“倫理、倫理”を求めてきました。いや、ジャーナリズムかもしれません。最近では、文科省、教育界から、現場、生徒...

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2022/05/23

習い事としての小学生の英語塾は不要!?

 先日(5月11日)、小学校6年生の娘さんがいるお母様から、面談の予約が入った。英精塾では、小学生に英語を教えているのか否かといったものであった。その理由を聞くと、娘さんを、英語のみの入試で、中高一貫...

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2022/05/16

高校までは飛車・角行、大学以降は、歩が大切!

 令和の初め、棋界に天才が出現すると、その業界?は世の注目の的ともなる。平成の初期に7冠を達成した羽生善治の登場以上に藤井聡太がメディアを賑わわせている。少々、いや、若干、将棋と言うゲーム(勝負)をや...

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2022/05/09

人生、刃の研ぎ頃に、真価が問われる

 頭が切れたり、器用な人より、ちょっと鈍感で誠実な人の方がよろしいですな。                              西岡常一  器用な人は苦もなく先に進んでゆけるので、往々にして「本...

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2022/04/25

知識とは「わかる」ことでなければならない

 知識とは伸びる手であり、「わかる」というのは結ぶことだ  幸田文(あや)    明治の作家、幸田露伴は娘に、本を読んでものが「わかる」ということの意味を訊かれ、「氷の張るようなものだ」と答...

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